作者とは何か?(ミシェル・フーコー)

死を祓いのけるための物語ないしは記述というこの主旋律をわれわれの文明は変貌させてしまった。いまやエクリチュールは、供犠に、生の供犠そのものに結びつく。<P.22>

われわれの文明のような文明のなかには、<<作者>>の機能を備えた若干数の言説があり、一方、他の言説はこの機能を備えていない、と。ある私的な手紙が署名者をもつことはあっても作者をもちはしない、ある契約が保証人をもつことはあっても作者はもちはしない。街の壁の上に読む匿名のテクストが起草者をもつことはあっても作者をもちはしないでしょう。<<作者>>の機能とはしたがってある社会の内部における若干の言説の存在と流通と機能の様態の特徴を指示するものなのです。<P.36>

・・<<文学的な>>言説は機能としての作者を付与されたかたちでしかもはや受け入れられない。詩やフィクションのいかなるテクストに対しても、人びとは、それが何処から来たか、だれが書いたのか、いかなる日付に、いかなる状況で、あるいはどのような企てに発して書かれたのかと問いかけるでしょう。<P.41>

【参考Blog】
http://leparadis.fc2web.com/2001/auteur.htm

http://ore.to/~gekka/2005/02/20050220_010502.php

哲学書房ホームページ

Mf042

 

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