Powder Stream # 1

Chapter 1

 普段ならもう太陽は沈み、辺りはすっかり暗くなっているはずだ。それなのに、街はずれの黒い影の向こうでは、たち登る煙が赤く空を染めあげている。ときどき閃光が走り、それはまるで落雷が地平線を走っていくかのように、街全体をほんの一瞬だけ白日のもとにさらしていく。近くの国道を走るトラックの通過音に混じって、遠くの方からかすかに金属の摩擦音らしきものが聞こえてくる。さえぎるものなんか何もない夜空に、深く静かに響き渡るノイズだ。

 車の通り過ぎる音、繁華街のざわめき、隣家からもれるテレビの音。このメタリックなノイズは明かにそれらとは異っている。音像定位を拒む一群の周波数帯。奇妙な残響を伴う金属音たちは、たしかにあの彼方から聞こえてくるはずなのに、その距離感を掴むことはできない。

 駅の一番東側にある十六番出口。ここから、倉庫までは十分とかからない。コンコースを出てみると、そこはビル街のはずれ。すでに人通りはほとんどない。

 俺は、東に向かって歩き続けた。車のヘッドライトが路面を照らしだす。

しばらく行くとビール工場が見えてきた。もともと駅の東側というのは、工場や倉庫の街だったようだ。それがいまでは、大小のオフィス・ビルに囲まれて倉庫らしい倉庫はこのビール工場の周囲にしか残っていない。二年後には、そのビール工場も移転することが決っている。もう四、五年すれば、このあたりもホテルや飲食店が建ち並ぶ賑やかな場所になるんだろう。

 ビール工場は高い塀に囲まれている。そのコンクリートのカーテンに沿って歩いていくとやがて木造家屋の並ぶ一角に突き当たる。小さな庭先に置いてある古びた自転車が、薄暗い街灯の光を受けて鈍く輝いていた。出窓はカーテン越しに室内の灯りを透かし、ときおりテレビのせいか極彩色の明滅を繰り返す。

 簡易舗装の道路にたまった砂ぼこりが歩くたびに靴底でザラザラと音をたてる。

 駅裏6号倉庫、『駅6』はこの辺の倉庫の中じゃおそらく一番年季が入っているのだろう。石造りの外壁、切妻屋根の頂点のすぐ下には、かすれてよく見えないが確かにまるい商号が描き込まれている。入口の扉は鉄枠と木でできている観音開きで、なんだかとても古めかしい。

 俺は静かにその扉を開けてみた。薄暗い廊下、その向こうからは歪んだ音がかすかに聴こえてくる。ライヴはすでに始まっていた。モギリの辺りは煙草の煙がたちこめ、何人かがたむろしていた。スタ・ジャンを着た華奢な体躯の男の子が、黒メガネの刈り上げと話し込んでいる。どこかでみたような美形の女性がビール片手に煙草を喫っている。不精髭をのばした眼の落ちくぼんだ奴が、壁際に座り込んで缶ビールを飲んでいる。

 モギリの女の子が二人。一人は、真新しいジーンズに皮ジャン、ストレート・パーマをかけた小柄の娘。

「いらっしゃい、はい、チラシ・・・」

仔猫のような瞳と唇。アンドロイド然とした無機的な表情。

 もう一人は、黒のタイトスカートに黒のブラウス、マヌカン風の濃い化粧にちょっと肉付きのよい感じ。つり銭を数えながらチラシの裏に走り書き、厚ぼったいルージュがすっきりとした顔だちに彩りを添えている。

 俺は受け取ったチラシをまるめてポケットに突っ込んでホールのドアに向かった。と、そのとき、後ろの方で賑やかな人の声が聞こえる。

「やあ、遅れちゃったナ。まだフンボルト出てない?」

 オール・バックにまるいサングラス、どう見ても三十代半ばはいってるような、その男はニヤけた顔でモギリの娘に尋いている。

「あっ、オジサーン。リハ遅れてちょっと前に始まったばかりなの。まだワサビがやってるわ。このあとツバサ大僧正が出て、フンボルトはその次・・・おじさん、ちょっと痩せたんじゃない?」

 皮ジャンの女の子は、口元からきれいな歯をのぞかせていた。

「最近、ファルコンで踊りまくってるからなァ。エリちゃんも随分雰囲気変えたじゃない?・・・」

 俺が耳にしたのはそこまでだった。ホールのドアを開けた途端、辺りの音はすべてPAの大音響にかき消されていった・・・。

 ホールは倉庫の空間がそのまま使われていた。天井は高く、壁も床もボロボロのコンクリートが剥き出しになっている。煙草の煙、人の息、床にこぼれた缶ビール、ヘアースプレーにローションの香り。片隅には即席の屋台があって、コーヒーやおでんの匂いを漂わせている。だが、それらも周囲の異臭と混じり合い、辺りは一種異様な香りに満たされていた。

 百席ほどのパイプ椅子の半分ちょっとが埋まっていて、後ろで立って見ている連中もあわせれば7、80ぐらいになる。ステージにしつらえたブラックライト、その照り返しを受けた人影が静かにうごめく。

 空き缶にセロファンを貼ったような粗末な照明とは裏腹に、PAのほうはかなりしっかりした機材(モノ)が揃っていて、客席後方に据えられた卓には気難しそうなヒゲの男がへばりついている。

 五人組のバンドはバウハウスのような重い曲を演っていた。ヴォーカルはピーター・マーフィーとは似ても似つかない筋肉質の小男で、ルックスもパッとしない。けれど、芝居がかった動きがハマっていて、わりと観せてくれる。タムを主体としたアフリカン・ビートのドラムにギターの神経症的フレーズ。ベースの奴は微動だにせずリフをきめ、シンセの娘は、あってもなくてもいいようなコード音をブッキラぼうに弾いている。

 無理やり押しつぶしたような低い声はときどきかすれて出なくなる。眼をつぶって音だけ聴くのは、かなりシンドイ。けれど、やぶにらみの眼とよだれのほとばしる唇に絡むバンドの音は官能的で気持ちいい。

 曲の合間にMCはなく、拍手をする客も数えるほど・・・。だからといってノリが悪いわけでもなく、バンドも客を見下しているようにはみえない。無言のテンションが異臭の空間を満たしている。

 倉庫に来たのはこれが二度目だった。一月程前、最初に来たときは、『公募!エグいキノコ展』というオブジェ展が開かれていた。ここは、いわゆるライヴ・ハウスというわけでもなく、映画・芝居・展覧会などいろいろなイベントが催されるフリー・スペースになっている。

 このあいだのキノコ展なんか普通の上品なギャラリーじゃ絶対にやらない、いや、やらせてもらえないものだった。

 くず鉄を使ったり、テキスタイルを使うのはまだ当り前。今どき、どこから見つけてきたのか、あの『スライム』を使ったもの。・・・「喰える!」

と但し書きのあるおにぎりキノコ。「ハウス・ゼリエースを三十箱使いました」というペニス状のキノコ・・・杉の苗木を鉢植えにした『樹の子』なんていうクダラナイものまであった(これがコンセプチャアル・アート?)。

 イラストはヘタうまが主流、オブジェもミックスドメディアでさえあればオモシロがられる風潮があった。オルタナティヴという言葉が新鮮で、あっちじゃないこちら側というものを信じることができる空気が、そこにはあった。そんな中で、誰もが踊らされてるんじゃなくて踊ってるんだ、っていう気合いのようなものが感じられた。

「ドーモ、ワサビでした・・・」

 わずかの拍手。スピーカーからのBGM。バンドのメンバーたちがステージを降りていく。次の連中のセッティングが始まる。

 あたりが、にわかに騒がしくなる。立って観ていた連中のほとんどが皆顔見知りらしい。

「高山クン、ライヴ決ったのォ?」

「和男!この間のビデオ、マーキーに置いといたから・・・」

「えー、ウソォ?ディーバ辞めちゃったの?」

「今日、打ち上げどこなの?」

「小池チャン、スタジオとっといたから。ヨロシクね!」

「ケイコ、ちょっと派手だよ。ソレ」

「うちらもそろそろサァ・・・」

 座って観ているのはほとんどが女の子。二人連れの娘が多く、耳元でささやきあっている。一人で来ている娘も何人かいて、チラシを読んでる娘、首をうなだれている娘(寝てるのかナ?)、しきりに辺りを見回している娘などなど。

 俺の知った顔なんているわけがないのだけれど、それでもどこかで見たことのあるようなヤツは何人かいた。

 滝本の奴、やっぱり来ないか・・・。「アッ、明日の駅6だろ?ボクも一度行ってみようと思ってたんだ。彼女、明日夜はバイドだしサ。(デートのあとに)まっすぐ行くことにするワ」

・・・きっと、洞口さん、バイト休んだんだろうナ。

 次のバンドが始まった。薄いDX7の音。細かいハイハット・ワーク。ゲートの効いたスネア。照明はまだ落したままで、メンバーの姿はよく見えない。

 地塗りのシンセに、線をひくようなタイトなドラム。そこにフレットレス・ベースのモノ・トーンが塗り込められていく。木炭のグラデーション。アクセントとしてのギター。

 どこかで聴いたことのあるような曲想。・・・これは完璧にジャパンだ。アレンジのもって行き方、演奏のセンスはほとんどそのもの。それでいて、バンド名が『ツバサ大僧正』だなんて・・・ゲル・ショッカーの幹部の中でもこんなマイナーな奴の名を覚えている人はそう多くない。『キバ男爵』でも『ヨロイ元帥』でも『ドクトルG』でもない。『ツバサ大僧正』なんだから。

 ヴォーカル。デイヴィッド・シルヴィアンにはなれないけれど、なかなかの美形。ちょっと日本人離れした声質。バンドとしてのオリジナリティには欠けるけど、ここまで徹底してジャパンのエッセンスを身につけられると嬉しくなってしまう。

 高校時代、滝本とはジャパンの話でずいぶん盛り上がっていた。奴は言ってた。

「デイヴィッドのことを、ブライアン・フェリーやボウイの真似だなんていう奴いるけどサ、結局、世代の問題でさ。おじさん達は若いのが出てくると、必ず誰かのフォロワーだって言うんだよネ。ジャパンのデビュー当時にはデイヴィッドのことをミック・ジャガーのようだって言ってた評論家も大勢いたけど、今じゃ誰もそんなこと思わないでしょ?いいかげんなものサ」

 奴は、YMOとその周辺は全てフォローしていた。奴の趣味嗜好は、テクノとデカダンの持つ美意識に全て集約されていた。毎月、ビックリハウスと宝島を買い、YEN友会に入り、山田章博のマンガを読むためだけに女子中高生向けの美少年雑誌を買い漁ることもあった。

『ツバサ大僧正』の演奏は、なんの盛り上がりもみせずに、倉庫のナチュラル・リヴァーブとPAのデジ・リバの彼方にかき消えていった。彼らのステージも曲間のMCは無く、客の反応もゼロに近かった。ラストの曲が終わって灯りが落ちて、やっと、わずかばかりの、けれど熱い拍手が起きた。

 次の『フンボルト』のセッティングができるまでは、まだしばらくかかりそうだ。近くでカメラを構えていたおじさんがフィルムを入れ替えている。彼は、ライヴの最中でもまるでプロのカメラマンのようにステージの袖にへばりつき、ためらうことなくシャッターを切り続けていた。

 滝本と一緒に住むようになって、もう半年近くなる。小さな会社が事務所用に借りるような20畳ばかりある広めのワンルーム・マンション・・・そこに俺達は対角線状にそれぞれの家具を並べて住んでいる。もとはといえば、共通のアトリエ兼スタジオにできるスペースを確保しようという話だった。もちろん住処と別に借りれるほど裕福じゃないから、当然そこに住むつもりでいた。ベッドが部屋の向こう端とこちら側に置いてある。

 毎日、同じような時間に起きてそれぞれバイトに行き、その帰りがけに落ち合い一緒に酒を飲み、一緒に帰ってくる。たまに、滝本がデートで帰りが遅くなるとき、俺は一人部屋でマスをかいて早々と寝てしまう。俺が一人で飲みに出て遅くなると、滝本はまだ起きてFM7で打ち込みなんかをやっている。

 フンボルトの演奏が始まった。つまびかれるギターのリフ。ラインでひろった音がPA卓でステレオに振り分けられる。重たいベース・ラインがその上に塗り重ねられていく。フロア・タムのフィルイン、4分の5でリズムが刻まれる。ふらふらしていたもう一本のギタリストがいきなりメいっぱいフランジャーのかかった音をかきむしる。ステージ奥で踊っていた上半身裸の男が鉄パイプを叩き始める。

 リフをきめていた男がヴォーカルマイクの前に身を寄せる。チョットしゃくりあげるような歌。男の眼は中空を漂って客席の後方の一点へと定められる。まばたきもせず彼は唄う。その声に、その唄に表情はない。感情移入のかけらもない淡々としたヴォーカル。それに比べて彼の弾くギターは饒舌過ぎるほど表情が豊かだ。なにげないリフが主体ではあるけれど、アクセントの効いたピッキングと細かいエフェクトワーク(彼は素足で器用にエフェクターのツマミをいじる)が素晴らしい。

 メチャクチャをやっているようなフランジャーかけまくりのギタリストも実は達者なところをみせてくれる。アート・リンゼイとはタイプが違うかもしれないけれど、とにかくギターの教則本なんか無視していつのまにか耳で覚えてしまったような奇妙でそれでいて計算され尽くしたギタープレイ。

 曲のところどころにフェイクが仕掛けられている。そこでささやかな不快感を生み出しておいて、次の瞬間には眼もくらむようなカタルシスを与えてくれる。

 リズムは強靭なバネそのものだ。そこに秘められたポテンシャルが全てのエネルギーの源となり、他のパートの色彩を明確にする。

 いい演奏を聴くのは、いい絵画のマティエールを観るのに似ている。地塗の上に次々と重ねられていく色彩がもたらす繊細で微妙な効果、その制作過程の全てが完成されたものの中に生のまま残されている。ステージから発散される空気が聴き手の意識とあいまって濃密な空間を生み出していく。彼は唄っている。そこには歌詞もある。しかし、彼の言葉は伝わってこない。伝わる必要がない。彼にとって、言葉は副次的なものだ。彼はいま言葉に頼らないコミュニケーションを試みている。

 うっすらとした照明、バンドのうねり、左右を飛び交うギターの音、確かにそこで唄っているはずなのにどこか遠くから聞こえてくるような彼の声、ある一瞬の音のために、というよりは、ある一瞬の場を、状況を生み出すために、全ての流れが、全ての環境が存在する。その全てを、彼が、コントロールしている。

 (1994)

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