重力の虹 トマス・ピンチョン

・・・<早駆け>の机はきちんとしているが、スロースロップのは乱雑きわまりない。1942年以降、本来の机の木の表面が見えるまで掃除したことがないのだ。いろんなものが机の上にぞんざいに重ねられている。ふるいに掛けられて一番底の方へまわった役所の”恥垢”(スメグマ)ともいうべきものーー無数の赤や褐色の消しゴムの屑、鉛筆の削りかす、お茶やコーヒーの汚れ痕、砂糖やハウスホールド牛乳の痕跡、煙草の灰が一杯、タイプライターのリボンから飛び散った黒いかす、腐敗した澱粉糊、粉々になったアスピリン錠剤などーーがまず基底にある。さらにあちこちに散らかったクリップやジッポ・ライターの発火石、輪ゴム、ホチキスの針、煙草の吸殻、くしゃくしゃになった煙草の箱、マッチ棒、ピン、いくすものペンの束、入手困難な薄紫色(ヘリオトロープ)や黄褐色(ロー・アンバー)まである使い残しの色鉛筆、木製のコーヒー・スプーン、はるばるマサチューセッツから母ナラインが送ってくれた”ゼイヤーの楡喉飴”、テープや紐やチョークの断片・・・さらに、それらの上に、忘れ去られたメモや使い切った淡黄色の配給手帳、電話番号、返事を書かなかった手紙、ずたずたになったカーボン紙・・・
(「重力の虹 上巻」 P.31)

Around Powder Stream

2009/03/12 21:41

多美口
音々
後藤

もし、あのメールを読まなかったら、どんな気分だったろう。ビールを飲みながら、音々からのメールを思い出す。
「多美口さんは、何か趣味あります?ワタシ、ショックだったんですけど、この間後藤さんに、あなたは会社にばっかりいるから、仕事が趣味なんでしょ?って言われちゃったんですよ。」
「ボクも趣味らしい趣味は無いですよw」と短いメールを返す。

肩こりがヒドイので、肩を使う運動がしたかった。
水泳に行く季節でもないので、子供とキャッチボールでもしようかと思った。だが、グローブやボールはどこで買えばいい?近くにスポーツショップはないし、スーパーやデパートのスポーツ用品コーナーは、そんなに品揃えがいいわけでもない。ネットで買うか?
子供の頃は上手くはなかったが、野球用品一式を買ってもらって、近くの友達たちと遊んでいた。そんな遊びも今のウチの子供たちの環境だと難しい。

趣味らしい趣味はないが、敢えていえば、「読書と音楽鑑賞」と履歴書には書いていた。
20代は映画も観まくっていたが、すっかり足が遠のいた。DVDで観ることもしなくなった。
「何か打ち込める趣味が欲しいんですよねぇ」と音々が言う。
映画はよく見ていたし、8ミリや16ミリの映写をやるシネマテークのアルバイトもした。当時の単館ロードショー系の映画は、ほとんど観ていたし、名作といわれた映画も16ミリで100本くらいは観た。シネマテークが月に1回発行していた上映スケジュールを盛り込んだチラシの編集も手伝っていた。簡単な映画紹介のレビュー記事を書いたり、自分たちなりの宣伝コピーを考えたり・・・。

辞書を鍛えなければ、書きたいことも書けない。いや、書けるが煩わしい。変換が面倒で凹んでしまう。
毎日仕事で2万字くらいは打っている。それでも、自分が書きたいことを書くのとは、あきらかに違う脳を使っている気がする。

集中して書くツールを手に入れないと、書きたいことも書けないか?
初めてデジタル・テキストを書いたのは2行しか液晶表示がない39,800円のワープロだった。
自分の脳内記憶をスキャンしていく。時間が足りない。インプットの30倍に濃縮されたアウトプットを書き連ねたい。

「趣味はネットです。」
面倒くさいので音々には、そう返信した。
趣味はネット・・・ネットを見ること、というよりも使うこと、つまり何かを書くこと。
15年前に、小説の断片らしきものを書き、10年前にそれをネットにアップした。その残骸は今もネット上で生きている。その断片をネタにも一度再構成してみたい衝動に駆られる。

「多美口さんは文章上手ですよね。あの断片呼んだときに・・・ワタシは本当に妙な気分になっちゃいました。」と音々は言う。
5年前には何をしていただろう?2004年。
ブログは既に始めていた。日本で初めて社員全員の非公式ブログのリンクだけで会社のサイトを立ち上げて、ドメインにも拘ってSEOをやってみた。
各ポータルサイトのブログにURLを書き連ねるだけで、サイトのプレゼンスは、どんどん高まった。

辞書を鍛えて辞書登録を増やす度にメモり容量は少なくなっているのだろうか?
少なくなっているのだろうか?
少なくなっているのだろうか?

或る作家の新訳を読む。ウチのオヤジが生まれた1930時代に若くして絶頂期を過ぎてしまった作家だ。訳が新しいせいもあるのだろうが、古びていない。海外翻訳文学の古典とは、そういうものか?

使ってはいけない手法と使いたくない言葉と言葉にならない言葉をふまえて、それでも書く行為は止まらない。
書くことで何かが変わるのか、何かが伝わるのか?
言葉の限界を意識していた20代は、言葉に頼らない表現手法に憧れを感じていた。
映画にも音楽にも、どっぷり浸り、そして離れていった。
「映画を見放したんじゃなくて、たぶん映画に見放されたんでしょう。」と、今や文壇(というものが世の中にまだ存在していれば、の話だが)の中心に位置する作家が、80年代に語っていた言葉を思い出す。
「映画も大好きだけど、大勢の人の手を借りなければいけないからね。私は自分一人の手でコントロールできる世界を描きたかった」と80年代『ニューロストジェネレーション』の旗手は語っていた。

2009/03/12 22:36

90年代初頭、"Text is next frontier"をスローガンに掲げた毛沢東主義者のデジタル出版社があった。
テキストの限界と可能性をデジタル・テクノロジーという新しい箱の中で実験した集団だった。

「デジタル・テキストの良さはコピー&ペーストが容易なことです。」
やっぱり手書きでなければ良い文章が書けない、400字詰め原稿用紙じゃないと文章にならない・・・と、いろいろなことを言う人達がいた。400字詰め原稿用紙のテンプレートを持つワープロ・ソフトも発売されていた。

映像や音楽や芝居の良さや、それぞれの世界の違いを垣間見た瞬間があった。
映画は最も金がかかり、音楽は比較的手軽だった。芝居はその中間くらいのバジェットでできるが、時間的拘束は多い。映画の連中は女に飢え、音楽の連中は女たちが集まり、芝居の連中は集団の中での自給自足だった。
映画や芝居の連中はミュージシャンに憧れ、心あるミュージシャンは映画や芝居の世界に憧れていた。
映画の世界では監督が偉く、芝居の世界では演出家が偉く、ミュージシャンの世界では曲を書く奴が偉かった。

「趣味はネットです。」

新しいサービスと出会い、新しい人(のプロフィール)と出会い、新しいコンテンツを吐き出し、読み込む。
フローとストックの世界が経済と同様にネットの世界にもあるんだよね、と昔の上司は言っていた。しかし、ネットはコンテンツのフローやストックの世界ではなくコミュニティそのものだ、ということを彼は見逃していたのだ。
オールド・メディアの代替がデジタル、ではなく、デジタルによって世界の様相とリテラシーは代わり、パワーバランスが変わった。デジタルはオールド・メディアの一部に侵食した。
マス・メディアは伝えることが全てだが、デジタル・メディアによって伝わるコンテンツの粒度が変わった。
質の変化は量の変化によって引き起こされる。

朝までチャットをしたり、時間をかけてダウンロードしていた時代は、わずか10年程度の昔。今は電波なのかネットなのか、有線なのか無線なのか、通信なのか放送なのか、その境界は曖昧だ。

ベンヤミンやマクルーハンが、この21世紀初頭の時代に生きていたら、いったいどんな本を書いていただろう?

作家は詩人になれない、という。翻訳家は作家になれない、という。評論家は小説家になれない、という。詩人は音楽家になれない、という。歴史家は哲学者になれない、という。

言葉のインフレーションを経済モデルに置き換えた翻訳家がいた。言葉の経済価値を文字数に置き換えるならば、コピーライターや作詞家が一番効率よく稼げるモデルだ。
量のパワーを訴求できるのは散文の使い手である小説家の仕事だ。文字数(原稿用紙何枚)を経済価値に置き換える出版業界は、それ以外の価値指標を生み出す機会を持たなかったのだろう。

"Less is more"と言ったのは誰だったろう?"Simple is best"と、言いたいことはそんなに変わらない。
優れた作家は平易な文章で味わい深い世界を構築し、優れた評論家は複雑な概念をシンプルな抽象語や造語に込める。論理的抽象モデルを作るのが学者や評論家の仕事であり、そのモデルを具体化するのが作家や脚本家の仕事だ。

自分のことしか書けない作家がいた。彼は自分の経験がネタにならなかったときに枯渇した。そして時代のイコンとなっていた彼は、時代が置き去りにしていった。
自分のことだけは書かない作家がいた。彼はあらゆるものを剽窃し尽くして枯渇した。そして時代を感じさせない作品だけを残して、自らの命を絶っていった。

アップルパイを食べるのを、忘れていた。
トイレに行くのも我慢していた。

2009/03/12 23:29

『夜はやさし』 (F.スコット・フィッツジェラルド)

角川文庫版『夜はやさし』(谷口睦男訳)を少しづつ読んでいた。
やっと読み終ったが、淡白な結末。特に後半は走り過ぎていて、全体のバランスが悪いことは否めない。
あらためて、「ザ・スコット・フィッツジェラルド・ブック」(村上春樹著)を取り出し、その中の「『夜はやさし』の二つのヴァージョン」を読み返す。

『夜はやさし』はもちろんはじめからそのような効果を計算して書かれた小説ではない。しかしその「意余った」部分、冗長とも言える部分、舌足らずな部分、バランスの悪い部分にわれわれは(あるいは僕は)時代を超越したリアリティーを感じてしまうのである。そういった意味ではフィッツジェラルドの目指した「信仰告白」(コンフェッション・オフ・フェイス)は成功したと言っていいのではないかと僕は考えている。

いま一度、献辞をひもとく。

ジェラルドとセアラにささぐ
祝意をこめて

『優雅な生活が最高の復讐である』(カルヴィン・トムキンズ著)で描かれているジェラルド&セーラ・マーフィ夫妻が『夜はやさし』のディック&ニコル・ダイヴァー夫妻の実在のモデルであり、もちろん、スコット&ゼルダ・フィッツジェラルド夫妻自体もディック&ニコルのモデルの一部となっている。

村上春樹が書いた通り、『夜はやさし』に「時代を超越したリアリティー」があるとすれば、(フィッツジェラルド自身は無意識的だったかもしれないが、)二組の夫婦を融合して題材にしたことで「その時代ならではのリアリティー」を抽出することに成功したからに他ならない。

時には饒舌な第三者として、時にはイメージの輻輳を意図した細かいエピソードの積み重ねを当事者感覚で描いている文体は、たしかに振幅の大きなブレを感じさせる。
時代の隔たりを意識することは少ないが、あまりに隠喩的な心理描写にはついていけなくなる瞬間もある。

「小説としての完成度とは何か?」を逆説的に考えさせる作品であることは間違いない。

そして、今度こそオリジナル版の翻訳に目を通したい、という思いが募って来る。

『夜はやさし』 (F.スコット・フィッツジェラルド)

図書館で、『夜はやさし』の新訳(2008年5月発行、森慎一郎訳)を発見。
巻末には、村上春樹の「器量のある小説」と題した解説も掲載されている。

『グレート・ギャツビー』が読者をすっぽりと手中に収めてしまう作品であるのに対して、『夜はやさし』は読者に「余地」を大きく委ねた小説である、ということもできるだろう。

…『夜はやさし』はそれとは逆だ。いくつかの時代を超え、曲折や浮沈を経て、黙殺や誤解をくぐり抜けて、ようやくその真価が一般に認められることになる。このような小説をみつけることはとてもむずかしい。だからこそこの小説は大事な意味を持っているのだと思う。僕が「この作品には器量がある」というのはそういう意味だ。器量というのは、あるいは歳月の経過を通して、結果的にしか浮かび上がってこないものなのかもしれない。

訳者によるあとがきでは、二つ存在するバージョンについても言及されている。(今回の新訳は、オリジナル版を選んでいる。これまでの日本語訳は、改訂版に基づくものだった。)

…改訂版『夜はやさし』はいわば未完の作品である。一方、オリジナル版は、とにもかくにもいったんは完成品として世に出たものだ。原書のテクストで現在手に入るものの大半がオリジナル版に戻っているのも、この点の考慮が働いた結果のように思える。

自宅に戻って本棚から20年前の「ザ・スコット・フィッツジェラルド・ブック」(村上春樹著)を取り出し、その中の「『夜はやさし』の二つのヴァージョン」を読む。

…彼の誠実さのおかげで、我々は今日二種類の『夜はやさし』を目にすることができる。ひとつはオリジナル版の三部わけの『夜はやさし』であり、もうひとつは1951年に発表された改訂版による五部わけの『夜はやさし』である。
…この1951年の改訂版は彼の残した簡単な指示に従って文芸批評家マルカム・カウリーが編纂しなおしたものである。
…もっともカウリー自身はこの改訂にあたてはおおいに悩んだようで、ペンギン・モダン・クラシックスに寄せた序文の中でこのように述べている―
「作者にとっての決定版が即ち読者にとっての最良の版であるのか、という疑問は残った。おそらく私がその最初の形を愛していたせいだろうが、(彼の指示に従って編纂しなおす)決心をするにはすいぶん時間がかかってしまった」

同じく本棚から角川文庫版『夜はやさし』(谷口睦男訳)を取り出し、解説を拾い読みする。

…とにかく作者生前の意図に従って再構成された修正版が、「決定版」と銘打たれてスクリブナー出版社から出版され、イギリスでも同じく「決定版」としてグレイ・ウォールズ・プレス社から出ており、今後長くこの小説の定本として流布すると思われるので、この翻訳はそれに拠ることにした。
(昭和35年、1960年)

しかし、現在のスクリブナー・ライブラリー・ペーパーバックは、オリジナル版になっているそうだ。

翻訳の旬も時代の流れと共にあり風化していくものだが、つまり、50年程の歳月を経たことで『夜はやさし』の定本は修正版からオリジナル版に戻ってきたということのようだ。

1966年

フランスの人間科学の最高の収穫の年のひとつであった。

フーコー 『言葉と物』
ラカン 『エクリ』
レヴィ=ストロース 『神話論理 II 蜜から灰へ』
バルト 『批評と真実』(1966) 『モードの体系』(1967)
etc.

彼らの最も重要な著作の幾つかを発表した年である。